為せば成る、為さねば成らぬ、何事も

ヨルダンのパレスチナ難民キャンプの小学校にて音楽を教えています。

ヨルダンで1年間過ごしてみて(教育活動編)

こんにちは、こましんです。

 

来月でヨルダンに来て一年が経ちます。

一年を振り返るにはちょっとだけ早いのですが明日から学校も新学期が始まり一つの節目はここかなと思うので一年過ごしてみた実感みたいなものを書き連ねてみようかなと思ったのです。

(前回のコピペ)

 

 

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前回一気に書こうと思ったのですが日常生活のことを書き始めたら3千字を超えてしまったので記事を分けることにしました。

そんなわけで今回はぼくの活動の教育についてです。

 

 

ヨルダンの学校

まずはヨルダン全体の学校についての話をば。

ヨルダンの就学率は約97.5%といわれています。

識字率も99%で教育水準は近隣諸国やアジア・アフリカの他の国々と比べると非常に高いです。 

 

ヨルダンは14歳以下の年齢の人口が1/3を超え非常に若い国であるため、教育というものは国の成長における重要なファクターであると感じます。

 

ヨルダンの学校は大まかに分けると「ヨルダン政府による公立学校」、「UNRWA(国際連合パレスチナ難民事業機関)によるパレスチナ難民のための学校」「私立学校」の三つに分類されます。

この内ぼくが通っているのは二つ目のUNRWAによる学校になります。

公立学校や私立学校に関してはいくつか様子を見させてもらったことはあるけど詳しく語れないのでここでは触れずにいきます。

 

UNRWAの学校はパレスチナ難民のための学校のため生徒はみんなパレスチナ難民の子どもたちです。

正確には過去の中東戦争においてパレスチナの地からやって来た難民の人たちの子孫になります。

難民認定など詳しいことは他の人の説明の方が詳しいし正確なので「パレスチナ難民」あたりでGoogleで検索していただければ。

 

そのような背景もあるのでぼくは国籍を尋ねられた時に子どもたちに尋ね返すのですがほとんどの子どもたちが「ヨルダン人」と答えます。

近くの大人に「パレスチナ人でしょ」って指摘されてるようなこともありました。

子どもたちにとって「パレスチナ人」であるかどうかっていうのはそんなに重要ではないのかもしれない。

もしかすると大人になっていく過程でそれがアイデンティティになるのかもしれない。

ぼくにはそれはわからなくて、だからこそ「難民」というカテゴリを出来るだけ自分の頭から消してただの一人の人間として関わっていきたいと思ってます。

目の前にいる子どもたちも気仙沼にいた時も東京にいた時とも何も変わらないスタンスでいたいなと。

 

 

 

学校生活も日本とは大きく異なり、シフト制を取っており朝・昼の2シフトがあります。

毎月その朝と昼のシフトが入れ替わり、生徒だけでなく先生も朝と昼では顔ぶれが変わります。

 

ぼくは小学校に勤めているのですが基本的に日本の小学校では一人の先生が全ての教科を教えます(音楽など一部専科の先生はいる)

ヨルダンでは小学校1〜3年性は日本と同様に担任の先生がいて英語を除く全ての教科を教えます。

英語だけ専科の先生がいます。(だから担任の先生は英語の時間が空きコマになる)

4年生以降は科目ごとに先生が分かれて「国語」、「数学」、「宗教」といったような日本の中学校以降に近い形になります。

そのため教員免許も「国語」、「英語」という科目の他に「低学年」という免許になるので免許の面においては日本のシステムと大きく変わりません。

 

 

日本に比べると休みが長く実際に授業を行ってる時期は9月〜12月と2月〜4月の時期になります。

その上、こちらの学校では雨が降ると休校になるため年間を通しての授業時間数は結構少なくなるので先生も範囲を終わらせようと必死です。

日本の学校だとテストも教員自身が作り、評価を自分の手でできるため教科書が終わらなかったということもありますが、こちらの1月と5月に実施される試験は国内で統一されたテストを行うためどうにかして範囲を終わらす必要があるのです。

 

 

情操教育科目の「体育」、「音楽」、「美術」に関しては2012年から必修となりました。

そのため時間割には設定されていますが学校の先生自身も指導法を習得していないということと先の試験の理由からこれらの情操教育科目の時間に国語や数学の授業を行うということも多々あります。

 

ただいくつかの授業を見学させてもらいましたが「英語」や「数学」の授業は日本に負けないくらい良い授業をしてるなと思いました。

小学校低学年でオールイングリッシュに取り組もうとしている先生もいたりと非常に見習わなくてはいけない点がたくさんあるように感じました。

 

一つ目の学校

それでは実際にぼくが通ってる学校の話をしましょう。

 

一つ目は去年の11月から通ってるアンマンの中心部にある難民キャンプの学校です。

このキャンプ内に小学校は13校あるようです。

こちらのキャンプはアンマンの中心部にあるということもあり非常に人口も多く、面積も広いです。

足を踏み入れると市場で賑わっていて、ここに住む人だけではなくヨルダンの人たちも買い物に利用しているキャンプです。 

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ただ他の地域に比べると若干治安が悪いらしく、タクシーの運転手に雑談でここで働いてることを話すと「夜は行かない方がいいぜ」なんて言われたりもします。

今のところはそこまで嫌な思いをしたことはなく、中学生くらいの子に後ろから蹴られたことと唾を吐きかけられたことくらいしかありません。

とはいえ、そんなことがあってもすぐに近くの大人がやってきてとっちめてくれるので大人はみんなジェントルです。

中で買い物をしようとしてもぼったくってくる店もなく、むしろ全てのものが格安で手に入ります。

 

小学校の子どもたちも中々やんちゃな子が多く、学年問わず喧嘩をしてるのは日常茶飯事です。

見かけたら止めるようにしてるのですが体力だけをどんどん奪われてる気がします。

 

音楽の授業も他の先生と一緒にやってる時はなんとかやれるのですがぼく一人でやると荒れます。

でも、2クラスだけ一人でやっても荒れないクラスがありました。

一つ目はクラスの委員長みたいな子が教師の息子というパターンです。

すごく真面目な子でいつもクラスをまとめてくれます。

二つ目はクラスのボス的存在のジュディーとぼくがマブダチになったパターンです。

一緒に遊んでるうちに仲良くなりました。

こちらも彼の一声でクラスが静かになります。

 

確かに子どもたちからすれば訳のわからない外国人がいきなりやってきて訳のわからないことをさせられる訳ですよ。

ましてとにかく体を動かしたい年頃の男の子ならなおさら。

ぼくとジュディーの関係はどのように未知の相手と関わっていくかということを非常に考えさせられるものでした。

 

9月からまた新学年になるのでこのことは忘れずに子どもとのラホールの形成をしっかりして授業したいなと思ってます。

 

 

二つ目の学校

二つ目は今年の2月から通ってる二つ目のキャンプと学校の話をします。 

こちらのキャンプはアンマンの郊外の方にあり、アンマン市内に向かうよりは他県にいった方が近いという東京都町田市みたいな場所です。

人口や面積も先のキャンプより非常に少なく学校も4校と非常に少ないです。

 

非常に狭いキャンプのため半年もいるとほとんどの住民に顔と名前を覚えられていただきすれ違う人々がみんな「コマツ!」と挨拶をしてくる非常に気持ちの良いキャンプです。

キャンプ内の雰囲気も穏やかで治安も良く、ちょっとした買い物をしようと思うと「お金はいらないよ」なんて言われることも多く非常にホスピタリティに溢れた街です。

(次に行くときにいっぱい買い物をするようにしてる)

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学校の子どもたちも同様で先の市内の学校と比べると喧嘩もほとんど見ることはなく子どもたちから変なちょっかいを出されることもありません。

授業においてもある程度生徒の中で自治ができており授業が荒れるというのもほとんどなく活動としては後述のWPCと共に非常にやりやすい場所でした。

 

こちらの学校は情操教育に非常に関心を持っていてすでに体育が実施されていて毎週きちんと体育が行われています。

基本的にはヨルダンで大人気のサッカーですが、ここが他のキャンプと違う点は「バスケットボールをする子どもたちがいる」という点です。

先の学校に限らずほとんどの学校においてバスケットのゴールはありますが、「ボールは蹴るもの」、「リングはぶら下がるもの」というのが恒常化してる場所がほとんどなのですがここではバスケットのゴールでバスケットが行われているのです。

こんな当たり前のことをぼくは初めて見たときに非常に感動したものです。

 

音楽の授業に関してはぼくが来たことによって行われているのですが、他の先生からは美術もやりたいという声も耳にします。

こういった姿勢が関係あるかはわからないけど子どもたちの雰囲気にも影響していくのかなと勝手に思ってます。

 

子どもたち自身も楽器の演奏に非常に興味を持っているのでなんとか全ての生徒に機会を与えてあげたいなと色々考えてます。

もちろん両校とも。

 

 

女性センター

6月からは夏休みに入ったので6月から8月の間は二つ目の学校のすぐ近くの女性センターにて子どもたちに音楽を教えていました。

こちらに関してはつい先日記事を書いたばかりなのでこちらを参照してもらえると。

 

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ひとまず夏季の音楽教室は一度終わったけれどセンターと学校が近いこともあり、今後も放課後に色々と講座を開かせていただく予定です。

 

 

終わりに

9月からまた授業が始まる訳ですが先に述べたように全体の授業時間数は少なく、雨や先生の都合で授業が無くなったりすることも考慮すると1クラス20回ほどしか音楽の授業が年間でできないということに気づきました。

 

残された限られた時間の中で自分に何ができるのか、ということを真剣に考えながら1日1日を過ごしていきたいです。