為せば成る、為さねば成らぬ、何事も

青年海外協力隊の音楽隊員として中東のヨルダンに向かう元音楽教師ギタリストが「音楽」、「語学」、「旅」のことを書き連ねるブログ

3月11日 7年が経った気仙沼の今

2011年3月11日。

東日本大震災と呼ばれる大きな地震がありました。

地震だけではなく、それによって引き起こされる津波や火災によって多くの人や建物が被害に遭いました。

 

あれから7年経って人々の心から震災は薄くなっているのでしょうか。

気仙沼という被災地に住んでいるぼくでさえ意識をしないと震災があったことを忘れてしまいそうです。

それくらいに人の記憶は脆い。

 

それでも現地に住む人にとってはこの日は特別な意味を持ちます。

この土地に3年住んでみましたが他所者のぼくには被災した人の気持ちは推し量ることはできても共に感じることはやはりできない。

 

だからこそぼくはこの土地ではこの話題を自らすることは避けて来たし、自らの思いを口にすることも避けてきた。

今こうやって記事にすることさえも本当に文字に起こしてよいものなのかと葛藤しながら書いている。

 

それでも、ぼくが出来ることは自分や少しでも自分の周りに人にこの震災を風化させないように、そしてその傷跡はまだ残っていることを知って欲しいのである。

「もう終わったこと」ではないと思うのだ。

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上の写真は鹿折唐桑にある八幡大橋から撮った写真。

まだまだ工事は続いている。

それでも八幡大橋駅というBRTというバスの停留所が出来るなど新しいものは出来上がっている。 

 

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これは鹿折唐桑の景色。

おそらく震災前はここにたくさんの建物があった。

まだまだ建物は少ないけれどぼくがここに来た3年前はゼロだった。

今では公営住宅や薬局やコンビニなどもある。 

 

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上の2枚はホテル望洋のところから撮影した気仙沼湾の写真。

この景色は3年前からあまり変わらない。

それでもホテル望洋は閉まってしまった。

友人たちがぼくを訪ねて来たときに泊めたホテルでもあるので諸行無常とはいえども切ない。 

 

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プラザホテルより。

この日は各地方から気仙沼を訪れる人も多く、車の交通量も多い。

海は穏やかだ。

 

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ここは紫市場といいます。

一昨年は仮設商店街となっていましたが今ではこんな立派な建物が建っています。

喫茶店や居酒屋をはじめとした多くのお店がここに集まっています。

 

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14:46は7年前に地震が起きた時間。

この時間は多くの人が外に出て黙祷をしています。

 

 

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最後に安波山から見える気仙沼の景色。

数年後にはまた変わった景色が見えるのだろうか。

 

 

 

気仙沼は仙台や石巻に比べると人口も少なく小さな街です。

仙台や石巻と比べると復興もまだまだ終わっていないように感じます。

未だに仮設で暮らしている人も中にはいる。

仕事や事業だって震災前と同じようには出来なくて畳んでいく人たちもいる。

 

元々地方ならではの過疎化は進んでいたのかもしれないけど、統計を見ると震災以降人口はますます減っています。

平成30年1月の統計で64821人、震災前の2月末は72427人だそうです。

それでもこの土地に残る人がいて、またこっちに移ってくる人たちもいる。

 

様々な人たちの想いを巡って、この街は生きていく。

そんなこの街を忘れないようにしていきたい。