為せば成る、為さねば成らぬ、何事も

「音楽」、「語学」、「旅」と雑多なブログです。日々発信していきます。

学校の「音楽」の授業について考える

みなさんに率直に聞きたいのです。

 

音楽の授業は好きでしたか?

 

音楽の授業の何を覚えていますか?

 

今回はそんな疑問からのお話。

年を取れば意見が変わるということも踏まえて29歳の脳内を記録に残しておくことにする。

また数年経って考えが変わってると面白いなと思うので。

 

筆者の場合

ぼくは正直言うと小学校も中学校もあんまり音楽の授業って好きではありませんでした。(高校では授業そのものが無かった)

小学校のころはなんかヒステリックな先生でとにかく怒られてた記憶しかない。

中学校のころの先生は嫌いじゃなかったけど、授業を思い出せと言われると合唱の練習をしたこととか「メヌエット」をリコーダーで吹いた記憶しかない。

いや、「魔王」とか「運命」も聴いたな。

思い出せるとしたらそのくらいでした。

 

不思議なもので音楽そのものはもう15年以上も続けていて人生を振り返ると音楽をしていない時間より音楽をしている時間の方が長くなりました。

そういう我が身でも小中の音楽の時間が今の糧になってるかと聞かれるとなかなか首を縦には振りにくいところであります。

 

他の教科・科目と比べて

学校教育の中ではやはり主要5科目とも言われる「英語」、「国語」、「数学(算数)」、「理科」、「社会」が幅を利かせていますよね。

実際問題、国語とかやってなかったら色々困るし、社会とかも今ニュース見る時のバックグラウンドの知識になってるしね。

 

それに比べると音楽だけじゃないけどそういう科目の意義ってなーって考えることも多い。

 

意義として考えられること

じゃあ、どうして芸術科目を学校で学ばせるのかなということでちょっと考えてみた。

色々考えてみたけど学習指導要領の目標の項を見てみると手っ取り早い。

 

「音楽の幅広い活動を通して,生涯にわたり音楽を愛好する心情を育てるとともに,感性を高め,
創造的な表現と鑑賞の能力を伸ばし,音楽文化についての理解を深める。」

(高等学校学習指導要領より)

 

趣旨はなんとなくわかるし、否定できるポイントもない。

でも、それなら音楽じゃなくてもいいよね。

写真とか映画も芸術だよね。

それでもいいよね。

 

なんなら「ファッション」も芸術だ。

「歴史」って観点でみると浅いのかもしれないけど。

 

西洋音楽に偏りすぎてないかい

教科書を見てみて思うのが「音楽」=「西洋音楽」になっていること。

西洋音楽でも大体がポップスよりの合唱かクラシックだよね。

日本音楽も気持ち程度には載っているけどページ数で見るとやっぱり少ない。

さらにいえば音楽なんてものはもっと広がりを持っているわけで昨今言われている「国際社会に生きる日本人としての自覚の育成」を考えると国際社会=西洋社会なのかなとも感じちゃう。

 

誰のための授業か

音楽の授業は誰のために行うか。

もちろん「生徒」のためである。

学校のためでもなく、音楽のためでもなく、生徒のためである。

さらに言えば「自分」のためになっていないだろうか。

 

「生徒」ために何をする

じゃあ、生徒のためと考えたときに何ができる?

彼らが大人になるために身に付けなきゃいけないことは何だろう?

楽譜の読み書きができることだろうか?

音楽の歴史をきちんと知ることだろうか?

 

ぼくは音楽が楽しいと思ってもらえることが一番だと思う。

でも「音楽の授業」は好きじゃなかったけど「音楽」は好きって人はたくさんいると思う。

じゃあ、ぼくら教師に出来ることは何なんだろう。

 

続く。

 

 

2018年問題とこれからの音楽教育~激動の転換期をどう乗り越えるか?~

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